付録A:用語集
本付録は、本書で頻出する用語を最小限に定義するための参照資料です。
表記について(最小限)
- 英語略語(AI / AGI / LLM / PAC など)は原則として半角大文字で表記します。
- 章番号は「第1章」、節番号は「1.1」の形式で表記します。
重要用語
計算論的物理主義(Computational Physicalism)
- 定義:物理法則に従う過程を「計算」として扱い、知性や認知を計算過程として理解する立場です。
- 注意:本書は特定の哲学的立場(例:機能主義)を採用しますが、それ自体を数学的に証明するものではありません。
計算可能性(Computability)
- 定義:与えられた問題が、ある計算モデル(例:チューリング機械)で「解ける(計算できる)」かどうかを扱う概念です。
- 例:停止性問題は一般に計算不能(決定不能)であることが知られています。
計算量(Computational Complexity)
- 定義:問題を解くために必要な計算資源(時間・空間)を、入力サイズに対する増加率として捉える概念です。
- 例:O(n) は線形、O(log n) は対数、O(n^2) は二乗の増加を表します。
物理的チャーチ=チューリングのテーゼ(Physical Church-Turing Thesis / Physical CTT)
- 位置づけ:「物理的に実現可能な計算」は、あるクラスの計算モデルにより記述できる、という主張の総称です。
- Bold(強い)Physical CTT:あらゆる物理過程は(効率も含めて)計算機でシミュレートできる、といった強い主張を含み得ます。
- Modest(控えめ)Physical CTT:現実的に観測・制御可能な物理過程は、古典的計算モデルで記述できる、など射程を限定した主張です。
- 注意:連続系、量子、超計算(hypercomputation)など、前提や反例候補の整理が必要です。本書でも、以降の議論で前提を明示します。
学習時計算量(Train-time compute)
- 定義:モデルの学習(トレーニング)に投入する計算資源(例:FLOPs、GPU時間、電力コストなど)を指します。
- 注意:学習時計算量は「一度きりのコスト」ですが、再学習・追加学習の頻度やデータ収集コストも実務上は重要です。
推論時計算量(Inference/Test-time compute)
- 定義:推論(利用時)に投入する計算資源(例:生成トークン数、探索分岐数、外部ツール呼び出し回数、wall-clock、消費電力など)を指します。
- 注意:推論時計算量は運用のランニングコストに直結し、モデルの能力・品質にも影響する場合があります。
スケーリング則(Scaling laws)
- 定義:モデルサイズ、データ量、計算量と性能の関係を表す経験則(観測的法則)です。
- 注意:評価指標・データ分布・学習設定に依存するため、「どの条件で成立するか」を明示して扱う必要があります。
PAC学習(PAC learning)
- 定義:確率(Probably)と近似(Approximately)を前提に、有限サンプルから仮説を学習できる条件や保証を扱う枠組みです。
- 注意:「全入力に対して必ず正しい」を保証するものではありません(分布・誤差・確率の条件を伴います)。
機能主義(Functionalism)
- 定義:心的状態を、その「実現物(脳・回路など)」ではなく、入出力関係や機能的役割で捉える立場です。
- 注意:本書は機能主義に基づく議論を多用しますが、反論(クオリアなど)もあり得るため、主張の射程を明確にします。
創発(Emergence)
- 定義:スケールの増大に伴って、ある能力が「急に現れたように見える」現象を指して用いられます。
- 注意:評価指標の離散性、閾値設定、測定誤差などにより「見かけの創発(mirage)」として説明される可能性もあります。
チューリング機械(Turing machine)
- 定義:計算可能性を定義するための抽象計算モデルです。
- 位置づけ:現代の計算機科学における計算可能性の議論の基礎になります。
O記法(Big-O notation)
- 定義:計算量の上界を、入力サイズに対する増加率として表す記法です。
- 注意:定数項や低次項を捨て、漸近的な振る舞いを比較する目的で用います。
クオリア(Qualia)
- 定義:意識経験に伴う主観的な質(例:赤の「赤さ」、痛みの「痛さ」)を指す概念です。
- 注意:クオリアの扱いは哲学的争点であり、本書は結論を断定せず、立場と限界を明示します。
ハードプロブレム(Hard problem of consciousness)
- 定義:物理過程の記述から、主観的経験がなぜ・どのように生じるかを説明することの困難さを指します。
- 注意:本書は工学的に扱える範囲(観測可能な振る舞い・検証可能な仮説)を重視します。
参考文献
- 文献は付録B「参考文献一覧」を参照してください。