付録A: 数学記法ガイド

本書で使用する数学記法の統一ガイドです。理論計算機科学で一般的に使用される記法に準拠しています。

集合論記号

基本記号

記号 読み 意味
〜に属する 要素の所属関係 x ∈ A (xはAの要素)
〜に属さない 要素の非所属関係 x ∉ A (xはAの要素でない)
部分集合 集合の包含関係 A ⊆ B (AはBの部分集合)
真部分集合 真の包含関係 A ⊊ B (AはBの真部分集合)
和集合 集合の合併 A ∪ B
積集合 集合の共通部分 A ∩ B
空集合 要素を持たない集合 A ∩ B = ∅
\ 差集合 集合の差 A \ B
× 直積 デカルト積 A × B
𝒫(A) べき集合 Aのすべての部分集合 𝒫({1,2}) = {∅,{1},{2},{1,2}}

集合の記法

外延的記法: {a, b, c, …}

例: A = {1, 2, 3, 4, 5}

内包的記法: {x | P(x)}

例: A = {x ∈ ℕ | x ≤ 5} = {1, 2, 3, 4, 5}

論理記号

命題論理

記号 読み 意味
かつ 論理積(AND) P ∧ Q
または 論理和(OR) P ∨ Q
¬ でない 否定(NOT) ¬P
ならば 含意 P → Q
と同値 同値 P ↔ Q
恒真 P ∨ ¬P ≡ ⊤
恒偽 P ∧ ¬P ≡ ⊥

述語論理

記号 読み 意味
すべての 全称量詞 ∀x ∈ A, P(x)
存在する 存在量詞 ∃x ∈ A, P(x)
∃! 唯一存在する 一意存在量詞 ∃!x ∈ A, P(x)

関数記法

基本記法

記号 意味
f: A → B AからBへの関数 f: ℕ → ℕ
f(x) xのfによる像 f(3) = 9
dom(f) fの定義域 dom(f) = A
ran(f) fの値域 ran(f) ⊆ B
f⁻¹ fの逆関数 f⁻¹: B → A
g ∘ f 合成関数 (g ∘ f)(x) = g(f(x))

関数の性質

用語 記号 意味
単射(injection) ∀x,y ∈ A, f(x) = f(y) → x = y 異なる入力は異なる出力
全射(surjection) ∀b ∈ B, ∃a ∈ A, f(a) = b すべての出力が使われる
全単射(bijection) 単射かつ全射 一対一対応

数と数列

数集合

記号 意味  
自然数 {1, 2, 3, …}  
ℕ₀ 自然数(0を含む) {0, 1, 2, 3, …}  
整数 {…, -2, -1, 0, 1, 2, …}  
有理数 {p/q p,q ∈ ℤ, q ≠ 0}
実数 実数全体  
複素数 {a + bi a,b ∈ ℝ}

数列とその他

記号 意味
⌊x⌋ xの床関数 ⌊3.7⌋ = 3
⌈x⌉ xの天井関数 ⌈3.2⌉ = 4
log n 底2の対数 log 8 = 3
ln n 自然対数 ln e = 1
n! nの階乗 5! = 120
(ⁿₖ) 二項係数 (⁵₂) = 10

漸近記法(Big-O記法)

基本記法

記号 読み 意味
O(g(n)) ビッグオー 上界(最悪の場合)
Ω(g(n)) ビッグオメガ 下界(最良の場合)
Θ(g(n)) ビッグシータ 上界と下界(平均的な場合)
o(g(n)) リトルオー 真の上界
ω(g(n)) リトルオメガ 真の下界

定義

O(g(n)): ∃c > 0, ∃n₀ ∈ ℕ, ∀n ≥ n₀, f(n) ≤ c·g(n)

Ω(g(n)): ∃c > 0, ∃n₀ ∈ ℕ, ∀n ≥ n₀, f(n) ≥ c·g(n)

Θ(g(n)): f(n) ∈ O(g(n)) ∧ f(n) ∈ Ω(g(n))

グラフ理論記法

基本記法

記号 意味  
G = (V, E) グラフ V: 頂点集合, E: 辺集合  
|V| 頂点数 n = |V|  
|E| 辺数 m = |E|  
(u, v) 頂点uとvを結ぶ辺  
deg(v) 次数 頂点vの次数  
δ(G) 最小次数 min{deg(v) v ∈ V}
Δ(G) 最大次数 max{deg(v) v ∈ V}

パス・サイクル

記号 意味
Pₙ n頂点のパス
Cₙ n頂点のサイクル
d(u, v) 頂点u, v間の距離

形式言語記法

基本記法

記号 意味
Σ アルファベット Σ = {a, b}
Σ* Σ上の文字列全体 {ε, a, b, aa, ab, ba, bb, …}
Σ⁺ Σ上の空でない文字列 Σ* \ {ε}
ε 空文字列 長さ0の文字列
|w| 文字列wの長さ |abc| = 3
wᴿ 文字列wの逆順 (abc)ᴿ = cba
L₁ ∪ L₂ 言語の和集合  
L₁ ∘ L₂ 言語の連結  
L* 言語のKleene閉包  

オートマトン記法

記号 意味
M = (Q, Σ, δ, q₀, F) 有限オートマトン
Q 状態集合
δ 遷移関数
q₀ 初期状態
F 受理状態集合

複雑性理論記法

複雑性クラス

記号 意味
P 多項式時間で解ける問題のクラス
NP 非決定多項式時間で解ける問題のクラス
PSPACE 多項式空間で解ける問題のクラス
EXPTIME 指数時間で解ける問題のクラス

還元記法

記号 意味
A ≤ₚ B AからBへの多項式時間還元
A ≤ₘ B AからBへのmany-one還元

証明記法

証明の構造

記号・用語 意味
証明 定理の正当性を示す論理的議論
□ / ∎ 証明終了記号
補題 定理の証明で使う補助的命題
定理から直接導かれる結果

証明技法

技法 構造
直接証明 P → Q を P を仮定して Q を導く
対偶証明 P → Q を ¬Q → ¬P で証明
背理法 P を ¬P を仮定して矛盾を導く
数学的帰納法 P(1) ∧ ∀k(P(k) → P(k+1)) → ∀n P(n)

特殊記号

等価・関係

記号 意味
定義による等価 f(n) ≡ n² + 1
近似 π ≈ 3.14
漸近的等価 f(n) ∼ g(n)
比例 f(n) ∝ g(n)

その他

記号 意味
排他的論理和 a ⊕ b
much less than n ≪ 2ⁿ
much greater than 2ⁿ ≫ n
無限大 lim_{n→∞}

使用上の注意

  1. 一貫性: 同一文書内では記法を統一する
  2. 明確性: 初出時は意味を明示する
  3. 標準性: 広く受け入れられた記法を使用する
  4. 読みやすさ: 複雑な式は適切に改行・インデントする

このガイドを参考に、理論計算機科学の厳密で美しい数学的記述を習得してください。