第2章:計算可能性理論による厳密な証明
はじめに
第1回では、計算論的物理主義の概要を提示しました。本稿では、その理論的基盤である計算可能性理論を用いて、「人間の知性は原理的にAIによって模倣可能である」という主張を厳密に証明します。
前提:物理的チャーチ=チューリングのテーゼ
古典的チャーチ=チューリングのテーゼ
効果的に計算可能な関数は、チューリングマシンによって計算可能である。
物理的チャーチ=チューリングのテーゼ(強いバージョン)
物理的に実現可能なすべての計算過程は、確率的チューリングマシンによってシミュレート可能である。
この拡張版は量子計算も含みます。重要なのは、人間の脳も物理系である以上、この制約から逃れられないということです。
証明の構造
定理1:人間の知的活動の有限性
主張:任意の人間の知的活動は、有限の計算ステップで記述可能である。
証明:
1. 人間の脳はニューロン数N(≈10^11)で構成される
2. 各ニューロンの状態数をS、シナプス結合数をC(≈10^4)とする
3. 脳の可能な状態数は高々 S^N × C^N(有限)
4. 人間の寿命をT秒、最小時間単位をΔt(≈10^-3秒)とする
5. 生涯の状態遷移数は高々 T/Δt(有限)
∴ 人間の知的活動は有限オートマトンで記述可能
定理2:有限の観測による関数近似
主張:計算可能な関数fに対し、有限の入出力ペアから任意の精度εで近似する関数f’が構成可能である。
証明(PAC学習理論による):
def pac_approximation(f, epsilon, delta):
"""
f: 目標関数(人間の知的活動)
epsilon: 許容誤差
delta: 失敗確率の上限
"""
# サンプル複雑性
m = compute_sample_complexity(epsilon, delta, vc_dim)
# m個の入出力ペアを観測
samples = [(x_i, f(x_i)) for i in range(m)]
# 仮説クラスHから最良の近似を選択
f_prime = empirical_risk_minimization(samples, H)
# 確率1-δ以上で |f(x) - f_prime(x)| < epsilon
return f_prime
VC次元が有限の仮説クラスに対し、サンプル数は:
m = O((1/ε²)(d·log(1/ε) + log(1/δ)))
ここでdはVC次元。
定理3:ニューラルネットワークの万能近似定理
Cybenko (1989), Hornik (1991):
1層の隠れ層を持つフィードフォワードニューラルネットワークは、コンパクト集合上の任意の連続関数を任意の精度で近似できる。
class UniversalApproximator:
def __init__(self, input_dim, hidden_units):
self.W1 = random_matrix(hidden_units, input_dim)
self.b1 = random_vector(hidden_units)
self.W2 = random_matrix(1, hidden_units)
self.b2 = random_scalar()
def forward(self, x):
# 任意の連続関数を近似
h = sigmoid(self.W1 @ x + self.b1)
return self.W2 @ h + self.b2
計算量仮説の形式化
定義:知的活動の計算量
知的活動を探索問題として定式化:
Intelligence(P) = min{T(A) | A solves P}
ここで:
- P:問題(探索空間S、評価関数v: S → R)
- A:アルゴリズム
- T(A):Aの時間計算量
知性の階層
class IntelligenceHierarchy:
PATTERN_FOLLOWING = 0 # O(1) - 定数時間
OPTIMIZATION = 1 # O(poly(n)) - 多項式時間
INNOVATION = 2 # O(exp(n)) - 指数時間以上
@staticmethod
def classify(computation_time, input_size):
if computation_time == O(1):
return IntelligenceHierarchy.PATTERN_FOLLOWING
elif computation_time <= O(input_size ** k): # k: 定数
return IntelligenceHierarchy.OPTIMIZATION
else:
return IntelligenceHierarchy.INNOVATION
ブラックボックス等価性の形式化
定義:機能的等価性
2つのシステムS₁、S₂が機能的に等価であるとは:
∀x ∈ Input: |S₁(x) - S₂(x)| < ε
実装:等価性検証アルゴリズム
def verify_equivalence(system1, system2, test_inputs, epsilon):
"""
ブラックボックス等価性の検証
"""
for x in test_inputs:
y1 = system1(x)
y2 = system2(x)
if distance(y1, y2) >= epsilon:
return False, x # 反例
# 統計的保証
confidence = compute_pac_confidence(len(test_inputs), epsilon)
return True, confidence
模倣の階層的アプローチ
レベル1:行動レベルの模倣
class BehavioralImitation:
def __init__(self, observations):
self.model = train_sequence_model(observations)
def predict(self, context):
return self.model.generate(context)
レベル2:認知プロセスの模倣
class CognitiveImitation:
def __init__(self, cognitive_traces):
self.working_memory = WorkingMemory(capacity=7±2)
self.long_term_memory = LongTermMemory()
self.attention = AttentionMechanism()
def think(self, input_data):
attended = self.attention.focus(input_data)
relevant_memories = self.long_term_memory.retrieve(attended)
return self.working_memory.process(attended, relevant_memories)
レベル3:創発的特性の模倣
class EmergentImitation:
def __init__(self, num_agents):
self.agents = [CognitiveAgent() for _ in range(num_agents)]
self.connections = self.create_network_topology()
def simulate(self, timesteps):
for t in range(timesteps):
# 局所的相互作用から大域的パターンが創発
for agent in self.agents:
neighbors = self.get_neighbors(agent)
agent.update(neighbors)
反論への応答
反論1:ゲーデルの不完全性定理
反論:「人間は形式システムの限界を超えた真理を認識できる」
応答:
def goedel_response():
# 人間もまた形式システムである
human_system = FormalSystem(axioms=physics_laws)
# ゲーデル文G:「Gは証明できない」
G = goedel_sentence(human_system)
# 人間がGを真と認識できるのは、メタレベルに立つから
# しかし、そのメタレベルも別の形式システム
meta_system = FormalSystem(axioms=extended_physics)
# 無限後退するが、各レベルは計算可能
return "各レベルでの推論は計算可能"
反論2:クオリアの問題
反論:「主観的体験は計算では捉えられない」
応答: 本理論は機能主義的立場を取る。重要なのは入出力の一致であり、内的体験の同一性は工学的には無関係。
def functional_equivalence_suffices():
# クオリアの有無に関わらず、行動が同一なら機能的に等価
human_response = human.experience_red()
ai_response = ai.process_wavelength(700nm)
assert behavioral_equivalence(human_response, ai_response)
# 内的体験の差異は外部から観測不可能
実証的検証の可能性
段階的検証プログラム
- 部分的認知機能(現在〜10年)
- 言語理解、視覚認識、問題解決
- 既に多くの領域で人間レベルに到達
- 統合的認知機能(10〜30年)
- マルチモーダル理解、文脈依存推論
- 現在急速に発展中
- 創造的認知機能(30〜100年)
- 新概念の創出、パラダイムシフト
- 理論的には可能、技術的課題が残る
結論
計算可能性理論の観点から、人間の知的活動は:
- 有限の計算過程として記述可能
- 万能近似定理により任意精度で近似可能
- PAC学習理論により有限サンプルから学習可能
これらの数学的事実は、人間の知性の特別性という直感に反するかもしれません。しかし、科学の歴史は常に人間中心的な幻想を打ち破ってきました。地動説、進化論、そして今、知性の計算論的理解がその系譜に連なるのです。
次回は、この理論的基盤が既存のAI研究とどのように関連し、どこが新しいのかを詳細に分析します。
参考文献(第2回追加分)
- Cybenko, G. (1989). Approximation by superpositions of a sigmoidal function
- Hornik, K. (1991). Approximation capabilities of multilayer feedforward networks
- Valiant, L. (1984). A theory of the learnable
- Siegelmann, H. T. (1995). Computation beyond the Turing limit